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2019年06月04日

◆ 知行合一 ◆

㈱内田建設 朝礼 令和元 年 6月 5日(水)

テーマ    陽明学の中から至言を学ぶ

 ◆  知行合一について  ◆


 おはようございます。 昨日は、『 陽明学 』の中から『 良知 』のお話しをいたしました。
さて、本日はと申し上げますと 以前も お話をしましたが、私の右にございます皆さんからは、向かって左になりますが、額縁の中の色紙に書かれている言葉に、六然というものがあります。

これは、『自処超然、処人藹然 有事斬然 無事澄然 得意澹然 失意泰然』という人間が生きていくのに、対して 最もよい処方せんを、六つの自然としてあらわしたものであることは、陽明学で有名な王陽明の考えを、日本の陽明学の大家でもあります安岡正篤先生が 解説されたものであるというお話は、以前にも説明したと思いますが、その王陽明の言葉の中にある至言に( 知行合一・事上磨練・致良知 )という言葉ございます。

 その中から『 知行合一 』という言葉についてお話をしてみたいと思います。
「 知るは行いの初めにして、行いは知るの成れるなり」と申します。それでは、いつもどおり例えをあげて知行合一を見てみましょう。食べ物、そう食で考えてみましょう。
「 何処かおいしい店はありますか? 」と聞かれたとします。本当は 知らないのに 知ったかぶりをして、「 あの店は美味しいらしいですよ 」と言っても、人様は 本気にしません。ところが、自分が行って食べてみて、「 あの お店は美味しかった 」と言ったら説得力が出ます。

 知は、知識です。あの店は美味しいと知っている知識と、それに自分が行って食べたという体験・実行が組み合わさって始めて、人様に「 美味しい 」と言えます。知っているという事と行動とが一緒にならない限り、「 知っている 」とは本当にいえないのかもしれません。
行動という裏付けがあって初めて、人様にいえるのかもしれません。
もっと厳しいのが、会社を経営する際の資金繰りです。焦げ付いているお金を回収するのは、当たり前でも相手が暴力団だとしたら、生きるか死ぬかの気構えをもって取りに行くことになります。
生きるか 死ぬかの実感が強烈であれば ある程、体の中に沁み込んでくると思います。そういった実践をどれだけ沁み込ませたかが肝心です。

知識本や マニュアルをいくら 読んでも実践では役に立たないのです。
知っていると言いつつ何もしないのは、知らないのと同じことなのだと陽明学では教えております。
「 知行合一 」とは自分の知っている知識プラス実践を積み重ねた行動なのです。その知識が行動とひとつになった時に生まれてくる言葉が『 陽明学 』の中に学ぶ「 良知 」と「 実践 」即ち、知行合一そのものなのです。



Posted by 内田建設 at 11:59│Comments(0)
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