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2017年11月17日

おまえは自分の功を立て、彼は忠を尽くした

㈱内田建設 朝礼 平成29年4月6日(木)

     テーマ  人生を開く、戦国武将の言葉

◆ おまえは自分の功を立て、彼は忠を尽くした。 ◆
 
 おはようございます。本日も、過去に一度朝礼でお話ししたことのある話になるかもしれませんが歴史に学ぶ人間学として人生が開ける戦国武将の言葉の中から加藤清正の言った大変含蓄のあるお話しを致します。

 加藤清正がある城を攻めた後、部下の論功行賞を行った時の話です。
庄林(しょうばやし)を一位、森本を二位と決めた。

 森本がこれに対して怒った。「 自分は、首を二つとりました。庄林は一つもとっておりません。なぜ、私が二位なのですか?」

 清正は答えた「確かに庄林は首を一つもとっていない。しかし、首を二つ取ったおまえは、自分の手柄を焦って主人の俺を置き去りにした。
 庄林は首はとらなかったが、終始一貫して俺の脇にいて、敵を防いだ。
おまえは自分の手柄をたてることに熱中し、庄林は俺の身を守ることに力を尽くした。俺の存在という物差しを当てると、やはり忠を尽くした庄林の方がおまえより優れている。わかったか?」森本は言葉を失って赤面したという。

ビジネスの現場で活きる、戦う者の知恵、上司として、部下としての心得、組織を束ねていく者の才覚などが、この短い言葉のやりとりの中に凝縮されていましたね。

自分というものを、それぞれの立場にあてはめてみて、いつも私の言っている 気付きと置き換えを行ってみて下さい。考えれば考えるほど戦国武将たちの言葉には含蓄がございます。本日は、戦国の武将として名をはせた加藤清正のお話しでした。
  

Posted by 内田建設 at 17:39Comments(0)人情の機微を知る言葉

2017年11月15日

気付きと置き換えこそが勉強です。

㈱内田建設 朝礼 平成28年2月18日(木)

    テーマ   中村天風のほんとうの心の力

        ◆    悪人と善人   ◆

中村天風の「ほんとうの心の力」という本を読んでみると、中村天風という人は、人間存在の根源を「心の有りよう」に求め、私たちの人生は「心の支配」を受けていると断じた。
断じた言葉の表現は、きっぱりと決めつけているといったものですが、天風の言っている言葉には、私自身、なるほどと頷くことばかりなので天風先生の言葉の中から、いくつか抜粋して心に響く言葉を述べてみたいと思います。
 そんな中から今朝は、「悪人と善人」というお話をしてみたいと思います。

いつか ある人が 私に聞いたことがある。「 先生のところには、どんなことがあっても、機嫌の悪いという人を 見たことがないが、誰も どんなことがあっても、お怒りにならんのはどういうわけです?」と言うから、
「それはね、俺のところはみんなね、悪人ばかり多いからだよ」とこう言ったら、その人が目をまるくして、「先生のところは悪人だらけですか!?」
「そうなんだよ」 まだ意味がわからないから、「どういうわけです?」と聞くから、私のところじゃ、何か事が起こるだろ。そうすると、『あ、私が悪かった』とこう言う。誰でもいいから、私が悪かったってことを言って罪を背負ってしまうと、喧嘩にならない。
人が一言でも『あっ、私が悪かった、そこにそれを置いたもんだから、壊れたのね』というふうに言っちまう、これ、喧嘩にならないよ。
「ところが、あなた方の家庭だと、善人ばかりだからいけねえ。何か事があると、『私は、いいんだ、私は何も悪いことはしてないんだ』とこうなるから、そりゃ好きに喧嘩をやりだすものね」

如何でしたか?『悪人と善人』という言葉は?天風哲学というのは宮本武蔵の『五輪書』をベースにインドのヨガの里における艱難辛苦の修行の成果をブレンドし集積したものです。我々にとっては、何か殻を破り、突き抜けてしまっているような発想の言葉ですね。参考になればと思い話させていただきました。
㈱内田建設 朝礼 平成28年2月19日(金)

◆   大塩平八郎の乱   ◆

 おはようございます。毎朝、朝礼の前に今日という日は、過去に何があったのかを調べて、歴史的に大きな出来事があれば、なるべく皆さんに、お話できるようにしておりますが、本日2月19日は、今から ちょうど181年前の今日、大阪で『大塩平八郎の乱』の起こった日にあたります。

 平八郎は、大阪の天満の町奉行を助ける町の警察署長ともいえる与力の家に生まれました。平八郎は父のあとを継いで大阪東町奉行所の与力になりました。そして学者につき、朱子学や陽明学の勉強をしました。37才で与力をやめてからは、洗心洞という塾をひらき、たくさんの弟子たちに学問を教えました。
 1836年、全国に大ききんがおこり、平八郎は、困っている人達の救済を大阪東奉行所に頼みましたが、全く聞き入れてもらえません。 
この時の東町奉行跡部山城守良粥(あとべよしすけ)は、何ら救済策を講じることなく、新将軍宣下の儀式の費用のために江戸廻米の命令を受けると市中の惨状を無視して、大量の米を江戸へ回送してしまった。さらに、豪商たちは、米を買い占めて暴利をむさぼっていた。
 そこで、平八郎は自分の持っていた本などを売って困っている人達を助けていましたが、平八郎ひとりの力では、どうにもなりませんでした。
平八郎は翌年の二月、弟子や貧しい人々とともに、一揆をおこし大阪町奉行諸役人と特権豪商に対し挙兵するのであった。そして、米や金を奪って貧しい人達に分け与えておりましたが、結局は鎮圧され失敗に終わり平八郎は自殺致しました。この乱の名前を『大塩平八郎の乱』といいました。
この『乱』は、たった一日の出来事でしたが幕政の中枢の都市大阪で、しかも元与力であり著名な陽明学者であった人物が主謀したことによる影響は、歴史に大きな爪痕を残したというお話です。この後の平八郎の人間評価というものを 役人仲間から見れば、堅物で融通のきかない頑固ものであったというお話ですが、農民、庶民からみれば 正義の味方というように、なっております。

 私が思うには、大塩平八郎という人も吉田松陰と同じ知行合一の人であって、『かくすれば、かくなるものと知りながら、やむにやまれぬ大和魂』こうすれば、こうなることをわかっていながら、日本男児を見せた人だと思われました。
㈱内田建設 朝礼 平成28年2月23日(火)

テーマ 『喜神、感謝、陰徳』で心も身も健康になる。

おはようございます。最近は、中村天風先生のお話を多く話してまいりましたが、本日は、平成という元号を考えられた歴代総理大臣の指南役であられた安岡正篤先生の教えについてのお話をしてみたいと思います。

 安岡正篤先生が、持論としてもっておられた健康法の中に心身摂養法というのがありまして、これは『一つ、心に喜神を持つこと。二つ、感謝。三つめは陰徳』です。
 大きな仕事をやった、やった、と言う人は人に見られたいという気持ちでやるから、そんな人物は信用できない。常日頃の小さい行いを見ていると人物がわかるというんですね。小さいことは、自分でも意識などしませんから、現金正価掛け値無しの人物の器が出てくるのです。
 長生きしている人はみんな感謝の心が出てくるのです。100歳を超える医師の塩谷信男さんが心掛けている健康法は「一つは物事が前向きかどうかということ、二つ目にはやはり感謝の心が出てきます。そして三つ目に愚痴を言わないこと。心掛けているのは、この三つだけだ」と言います。

 安岡正篤先生がおっしゃる陰徳とは、人にわからないようにいいことをやる。ですから恨みの心が湧かないのです。「あんなにしてやったのに、あいつは礼状一つよこさない」と怒っている人がよくいますが これは健康によくありません。感謝されないために恨んだりしては、反作用でその恨みが自分に戻ってくるのです。 怒るだけでも寿命が縮んでいるはずなのに、さらに恨んだりしては、浮かばれません。
 安岡先生のいう喜神、感謝、陰徳は三つとも すごく 積極の心なのですね。
だから健康になるはずです。心も身体も健康になるための生きる知恵なのです。しかし最近、日本から陰徳がどんどん失われているような気がします。寄付やチャリティ一つ考えても、ボランティアはお金に余裕のある人よりそうでない人のほうが懸命にやっています。お金がある人はお金を出さないで貯め込んだ人ですから、そもそも他人のために寄付をしようなどと考えないのかもしれません。国としても、寄付にすら多額の税金をかけようとするのですから、日本はそもそも陰徳など消えてなくなる仕組みになっているのですね。
しかし、安岡先生は陰徳でなければダメだと言うのです。徳というのは人間の本質的要素です。これは陰性のものなのですね。それに対して才能や技能は付属的要素で陽性なのです。
才能や技能を発揮すれば、目立ちますし喝采を受けます。ホームランをたくさん打ったり、金メダルを取れば英雄ですよ。
しかし、それだけでは人間として不十分だ、と言うんです。才能や技能は、一時的に目立つし、もてはやされることがあるかもしれないけれど、そういう才能や技能は長続きしません。遠からず消滅するんです。 徳に裏打ちされ、その上に花開く才能や技能が本物なのですね。また、徳に裏打ちされた才能や技能の持主が人物なのですよ。
中国の古典はすべて『易経』に還ってきますが、陰陽のバランスで言えば、陽より陰のほうが少し勝っていたほうがいいようです。比率で言えば、51対49ぐらいがちょうどいいのだそうです。
陰と陽のどちらが本質かというと、陰が根本で陽は枝葉や花や実なのです。陰だけでは、発達しないのです。陽が活動し、それを陰が裏打ちして、内に含んで初めて両方が機能するのです。
陰陽はコンピュータと同じ二進法です。宇宙の原理も思想の原理も最先端は一緒になってきている。とつくづく感じると先生は、おっしゃっていました。

これは、余談ですが韓国の国旗をみると、陰極まれば陽となるという言葉を連想いたしますね。陰陽のバランスが上手に描かれております。

陽と陰を表す赤と青を組み合わせた円が対極で、太陽と月、天と地、善と悪、男と女など、相対するふたつのものが合わさって調和を保つという中国古来の易学の宇宙観を表しています。大極の四方に描かれているものは、それぞれ、空・月と水・地・日と火を象徴し、正義・生命力・豊かさ・知恵を意味している。
バックの白は平和の精神を表していると聞いたことがありましたが、その時陰陽をイメージした深い意味のある素晴らしい国旗だなと感じました。

因みに日本の国旗は、聖徳太子が遣隋使に託した文書以来、自国を〃日出る国〃とする考え方があり、赤い日の丸は日の出の太陽を象徴する。また、紅白は日本の伝統色で、めでたいものとされており、赤は博愛と活力、白は神聖と純潔を意味するものといわれておりますことも同時に覚えてみては、いかがでしょうか?
  

Posted by 内田建設 at 07:09Comments(0)人情の機微を知る言葉