› 内田建設のBlog › ◆危機感と楽天観◆

2018年12月22日

◆危機感と楽天観◆

㈱内田建設 朝礼 平成30年12月22日(土)

     テーマ  人生を楽天的に生きる

◆   危機感と楽天観   ◆

 最近、何処に行っても先が見えなくて といわれているが、今の日本も世界も滝壺に落ちる直前の船のようなもので、何もしないでほっておくと、このまま滝壺にまっしぐらという危険な状態にあるのです。この危機を脱するためには、一刻も早く船を岸に繋げなければなりません。

そうした危機感の中でも、危機を危機とも感じないでひたすら享楽を求め、今にも沈みかけている 豪華客船の中では、明日のパーティーに着ていく服は何にしようかといった具合に船が沈むことよりパーティーに着ていくドレスが決まらないことのほうが、問題だと思っている 危機に陥っていても危機を危機とも考えていない日本人達がひじょうに多くいるように見受けられます。

こういった人のことを、楽天的とは言わず 能天気な人と言います。能天気の人はどんな環境であっても深く考えておりません。何も考えていないという事ですので、何も気が付かず、何もしないでいる状態のまま 行き当たりばったりで 困ってしまうのです。
これに比べて楽天的というのは、文字どおり天を楽しむということですので、危機に際しては、打つべき手を打ったあとで細かいことには、くよくよせずにポジティブに考え人事を尽くし天命を待つ また天を楽しむ明るさのある人のことなのだと思います。
以上の簡単な説明で、能天気と楽天的な違いに気付けていただけたとは、思いますので危機感と楽天観についてお話しを してみたいと思います。

 危機感と楽天観、これらについては、両方とも大事だと思いますが、危機感がなければ 世の中や周りを変えようとする動きも起こらないけれど、危機感ばかりを口にしていると、どんどん悲観的になっていき、貧乏神しか寄ってこない状態に陥ってしまいます。 それでも、生成発展するには、将来を信じ、今を楽しんで生きるという楽天観がどうしても必要となってまいります。

 冷静な危機感と、楽しさを 天につなげていく という元気な楽天観ですが、この両者の落差が、前に向かって生きていく人間の前向きな生き様あるのだと思います。

例え話となりますが 幕末の志士である坂本龍馬は、出会う相手に無限の希望を与えたといわれております。 それは、いくら危機を語っていても 日本という国と、同志というか 仲間をとことん信じる楽天観が根底にあったからだと言われております。
時代が、血で血を洗う時代であったために、非業の死を遂げた龍馬でしたが、龍馬のように危機を危機として認識しながらも、行動する時は明るく楽天観でいこうという人が、本当に運が掴めるという人なのだと思います。

人間は二度死ぬと言われております。一度目はその人の心臓が停止し体が動かなくなった時、そして二度目は、その人の存在そのものが皆さんの記憶から消えて人々から消えてなくなった時です。
しっかりとした 危機感をもちながらも、幕末の激動期にしっかりと 未来を見据え自分に出来る事はすべて全力で挑戦し、後は運を天に任すという楽天観を持った生き方なのです。
したがいまして、龍馬という人物は素晴らしい生き方をしたおかげで、体は亡くなられましたが、龍馬という人間は150年以上経った今でも多くの人々の心の中で生き続けているのです。

たった一度の人生です。みなさんも 天からもらった才能、(天分)を生かし、その才能を伸ばせるよう自分で努力し、危機にも対応しつつ 楽天観をもって明るく生きて行きたいものです。



Posted by 内田建設 at 07:11│Comments(0)
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
◆危機感と楽天観◆
    コメント(0)