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2020年07月07日

◆ 大智を理解する ◆

㈱内田建設 朝礼  令和2年 ㋆ 7日(火)

     テーマ   人生を開く武将の言葉

◆ 機知富んだひと言 ◆

 おはようございます。本日は掛川城5万石の城主から土佐24万石の城主に出世した山内一豊のお話です。山内一豊という人は、妻がへそくりで馬を買ってくれたことで有名ですが、実際に出世のキッカケを掴んだのは、関ヶ原の合戦の時でして、合戦となる前に一豊はどちらに味方するのかを大いに迷っていたのでした。
 そんな時、一豊の先輩に堀尾忠氏という人物がいました。彼は若くても大変、才能のある人物でした。家康の開く会議の前に 一豊は、その堀尾忠氏に聞いてみました。この度の戦に対して、あなた様は、どうなさりますか?
すると、忠氏は「私は家康様の味方をする。そして、その証をするため兵糧ぐるみ城をそっくり家康様に差し上げる。また、人質も出す。そして、私自身は先駆けとして勇敢に戦うつもりである」と言ったそうです。
その言葉を聞いた一豊は、「なるほど」と感心した一豊は、家康の前に行くと真っ先に堀尾忠氏の言った言葉を、そのまま 自分の言葉として発言したのです。
徳川家康は、この言葉に大変、感心したそうです。帰り際に忠氏が、「今日は、おぬしにしてやられたな」とからかって言ったといいます。
一豊は、「 優れた人のいうことを横取りすることを、大智というのだそうだ。今日の私は大智だった 」と言ったそうであるが、忠氏は やはり 優れた人物でありそんな一豊を咎めることもなく二人で大笑いをしたという。
堀尾忠氏という賢者の言葉を使って掛川5万石から土佐24万石にのし上がったという山内一豊のお話であります。
今日の話を聞いて、「よし俺も」真似してやれ という考えを持つ人がいるかもしれませんがこの大智という考えは、山内一豊も 堀尾忠氏も お互いが気心も知れ優秀な人物でしたので その後、怨まれることもなく大笑いで済んだのです。毎度々自分の考えも持たず、こればかりやっておりますと 自分というものを、見失ってしまい 誰からも相手にされなくなるという点についても、よく考えてから行動して下さい。 
また、そのおりには 自分がその考えをよく理解して自分自身の言葉として自信をもって発言していきましょう。



Posted by 内田建設 at 08:04│Comments(0)
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